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有田の時間

泉山磁石場へ

2012年09月28日

有田観光協会 at 15:04  | Comments(0)
 さて、徒然(つれづれ)にご案内してます、旅の途中のガイドご案内です。
さてさて、九州陶磁文化館の次はどこへ行きましょう!?・・と逆に投げかけたりしています・・山ちゃんズの山口♂happy01です。
 実は有田の観光に順番は当然ありません。その日の天候や気分、予算によって、あるいはスケジュールの都合等によって様々なルートがありますので、いろんな選択が可能です。

 
 それを踏まえた上で、今回の私のお薦めコースとしては、まず有田焼の源泉の地『泉山磁石場』。そこへ向かうことに致しましょう!!
イズミヤマ ジセキバ と呼び、ジシャクバとは呼んでいません。江戸時代には土場(ドバ)と呼ばれておりました。
 そうです、ここは有田焼の原料である石が発掘された場所なんです。
そして、ここから有田焼の歴史、つまり日本の磁器発祥と発展の歴史が始まった、記念碑的遺跡なんです。           昭和55年に国の史跡に指定されました。


 実はココを発見したのは日本人ではなく、16世紀末の豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、佐賀鍋島藩が日本へ連れ帰った     朝鮮陶工の李参平(一族)だったと云われています。発見された年が江戸初期の1616年(元和2年)と云われますので、実はあと4年弱で磁石場発見400年の大節目の年を迎えることとなるのです。


 そんな長い歴史をもつ『泉山磁石場』。その場所は下図のとおりで、マップで一番右の方、有田の中でも一番東端に位置します。もし九陶からそちらへ向かうとしますと、交通手段はタクシーが一番便利ですが、有田駅からだと他に、レンタサイクル、数は多くはありませんがコミュニティバス、或いは徒歩等で向かって頂くことになります。
 
 

                    [磁器製の有田案内板]

 いよいよ磁石場に到着しますと、磁器の案内板があり、そこを見ますと、焼き物の町有田の地理的概観がつかめますョ。そして、それらしき方向へ進みますと、すぐに左手に『陶工之碑』、前方に『李参平発見之磁礦地』なる石碑が目に入って来ます。
 それらしき方向とチョットあいまいですが・・(笑)、何しろ有田のパワースポットです、自然に石場の方へ吸い込まれて行きますョ~~磁石場ですので磁石(じしゃく)のように・・・(笑)。

  
                           [陶工之碑]               

[N.16]

                                          

― 江戸の俊英たち ―

2012年09月20日

有田観光協会 at 16:58  | Comments(0)
 伊能忠敬(1745-1818年)という人は、ご周知のごとく、日本史上初めて日本国土の正確な姿を明らかにしたことで有名です。
 少し前になりますが、佐賀市で「伊能全図全国巡回フロア展」なるものに行ってまいりました。実際の大きさのその地図を体感出来る催しで、大中小のそれぞれの地図の中に身近な地名を見つけると、正直興奮してしまいましたね~ェ(笑)。測量しながら日本中を歩き続け、よくぞ詳細にこれほど素晴らしい地図を江戸期に完成させたものだと本当に感動しました。


            「伊能全図全国巡回フロア展」会場
 
 この測量隊、そういうわけで当地有田にも足を運んでいるんです。そして何と今年はその有田―伊万里の有田街道の測量からちょうど200年の記念すべき年のようです。
 前にチョット触れましたが、私が所属していますアリタ・ガイド・クラブは、有田町歴史民俗資料館との協働で『有田皿山ば 歩こう隊』を組織し踏査を行ってきましたが、今回は伊万里市との合同企画として、


伊能隊測量200年 伊万里・有田合同企画 「伊万里津から有田街道を歩く」
 
 
 なる催しを行います。街道を歩く催しは、今回の台風のため一週間延期で9月23日(日)となりました。残念ながら既に募集人員は締め切られており、新たな同行は出来ないようです。私もその時は所用で参加は出来ませんが、もし

 『有田皿山ば 歩こう隊』の旗を掲げた一行を何処かにてご覧になられましたおりは、ヒヤカシででも、“ヨーッ、伊能隊!!”とか何とか(まァ何でもいいですが)、お声を一つ頂ければと思います・・(笑)。 
 
 いずれにしましても、この伊能忠敬さん、日本で初めての正確な地図の作成という素晴らしい仕事をなさいました。後代シーボルト事件というあの地図持ち出しの元ともなった地図のようですが、あの封建時代の江戸期において、よくこんな正確な地図を完成させたものだなァ~と驚いてしまいます。


 

 あヽ、そう云えば今ちょうど話題のこの人も、江戸期の才人でした。同じく日本で初めての国産の暦を完成させた、安井算哲(渋川春海1639-1715年)さん。日食を予言して見事当てていた!!
 映画にもなってつい最近私も観ましたが、とっても良かった。そう、この映画はお薦めですョ~(笑)。ご興味のある方は→コチラ
 実はさきの伊能忠敬さん、地図作成に出かける前は幕府の天文方で天体観測術も修めたそうで、何と地球の大きさを測ろうとした形跡もあるようです・・。ウ~ン、江戸の才人たちは宇宙規模で思考を巡らしてたんだなァ~~と、まったく恐れ入った次第です。              
                                                             山ちゃんズ、山口♂happy01でした。

                                                                           [N.15]







― 九州陶磁文化館 Ⅲ ―

2012年09月17日

有田観光協会 at 16:13  | Comments(0)
 台風一過の有田、typhoonまだ少し天候が荒れていて、ココ有田駅でもその影響で電車の乱れがまだまだ残っているようです。構内にも時折突風が吹き込んでいましたが、今はヤヤ落ち着いて来てはいるようです。でも、せっかくの連休を利用して遠くからお見えのお客様、本当にお気の毒だなァと思いますし、早く天候が回復してくれたらと願うばかりです。
 

 さてさて、旅の途中のガイドご案内、山ちゃんズの山口♂happy01です、こんにちは。

 
 かく、見てまいりました九州陶磁文化館には、館所蔵あるいは寄贈を受けられたコレクション等の陶磁器について、多くの図録、冊子等があり販売もされています。もちろん他の美術館等のいずこでも書籍等の販売はありますが、ここ九陶のそれは、それほど高価でもなく、お手ごろな値段だと個人的には思いますしお薦めしたいと思います。
様々な内容の詳細なご理解は、これらの書籍をご覧頂くこととしまして・・・
 
                [充実した九陶の書籍類]
 
 

 有田にお見え頂く前に、これだけはぜひ!!という [有田焼のイロハ] を幾つか挙げ、大胆にも九陶の旅を終えたいと思います・(笑)。
内容は基本中の基本、でも、へ~~~ェ!!もあるカモですョ・・(笑)。


[有田焼のイロハ]


〇有田焼はその様式から、大きく古伊万里様式、柿右衛門様式、鍋島様式の三様式に分かれる。 


古伊万里様式・・・江戸期に有田の陶工が始めた、師や範を朝鮮や中国に求めた、自由奔放な絵柄のやきもの。17世紀半ばより、西欧等への輸出もなされた。
 現代においては、ずっと広義には、佐賀県有田町で製作されている焼物はこの系譜に連なるものと云える。
   

柿右衛門様式・・・1640年代(江戸初期)、焼物に色絵を施すことに初めて初代柿右衛門が成功し、17世紀後半、濁し手等の独自な技法や日本的様式美を確立し、西欧等へも輸出された、日本初世界ブランド(Kakiemon)
 歴史的に観れば、準御用窯的クラスで、江戸期の参勤交代時には、藩主とのお目見えが許されていた。
現代においては、まさに柿右衛門窯での作品がこれにあたる。
           

鍋島様式  ・・・江戸期、有田の陶工たちの中より高い技術を有する者たちを、佐賀鍋島藩が伊万里の大川内山に集め、将軍、朝廷、有力大名等への献上、贈答のためだけに最高の技術を結集し製作した焼物の様式。
 現代の有田では、鍋島藩の御用赤絵師の系譜をもつ今泉今衛門窯がその代表である。
また、明治以降、藩解体後に伊万里市大川内山で、その様式に根ざした焼物が各窯により制作されている。その現代の一般的通称は伊万里焼。


                              (三様式は、九陶の「九州の古陶磁」(第3展示室)で確認出来ますョ。)


 ということで、あなたが今ソコに所持されている、その白地に色絵が施された有田焼は、果たしてして一体どれに属してるでしょうか・・・分かりますか・・・!?(笑)。
 ご自分が購入なさろうとしてるのが、どの種類なのか・・・、またお買い物の楽しみも増えるカモですネ!!。



〇有田は日本磁器の発祥の地です。

 簡単に云えば、陶器は土が原料の器。磁器は石(白磁)が原料の器。
1610年代、日本で初めて有田でその石を原料としてやきものが焼かれ始めました。
1600年代半ばからほぼ100年の間、伊万里焼としてヨーロッパ等へ輸出されました。
その間、日本の磁器焼成から遅れること100年後の1710年代、有田等の影響を受けながらドイツのマイセンでヨーロッパ最初の磁器が焼かれました。

 つまり、1610年代(江戸初期)までは、日本に磁器はあったんですがそれは全て外来もの(中国、朝鮮産が主)だったわけで、国産1号が当地有田で焼かれたということ、そしてヨーロッパ第1号の磁器は、有田より一世紀後にようやく始まったということです。




〇古伊万里のふるさとは有田です。 

 古伊万里の源流を求めて伊万里へ降り立った方もいます。でもそこは江戸時代に有田で作られた焼物の出荷港です。出荷港の名にちなみ当時伊万里焼と呼ばれていたわけですが、もともと有田がふるさとというわけです。

 つまりは、古伊万里や初期伊万里とかの名前で呼ばれたりする古い焼物の、その窯跡を訪ねる場合、それは有田の地に求めねばならないということになるワケです。 
 まァ、考えてみれば不思議な気がしますよネ~。当初から有田の地に港があったなら、当然江戸期においても有田焼、現代ではその呼び名は古有田!?と呼ばれていたはずでしょうが・・(笑)。
 伊万里焼と呼ばれていた有田産の焼き物が本来の名を名乗るようになるのは、明治30年鉄道敷設以降のことと云えるのでしょうか・・・。

                                                                            [N.14]


 

とっても若い、駅員さん!!

2012年09月13日

有田観光協会 at 16:12  | Comments(0)
 今日、有田駅に出て行ってみましたら、駅長さんから帽子をかぶった駅員さんを紹介して頂いたんですが、何と、とっても若い駅員さんお二人!!shine
 

             <ハイ、切符をお見せください。>


 よく拝見させて頂くと、有田中学校の生徒さんでしたネ~~。職場体験学習ということで、改札口での切符切りを始め、様々なお客さんからのお問い合わせにどう応えるか、駅長さんが親身になって教えておられました。
 おお、そういえば10年以上も前、私の子供もそれに行ってたのを今思い出しました!!
ウ~ンまさに、その‘体験学習’という言葉と共に、懐かしく思い出してしまいました。
その‘二人の若い駅員さん’も鉄道が好きで有田駅を選ばれたようですが、成るほど、もっともなことでしょう。shine


              <交替で構内放送もしますョ。>


 そう云えば、鉄道でちょっと思い出しましたが、ラジオか何かで元機関士の方がSL時代の大変さをお話になっておられたのを聞いたことがあります。もちろん電気でなく石炭ですので、絶え間なく石炭を焚くその辛さ、特に噴煙が充満するトンネル内でのその作業の大変さと列車の速度を維持しいくことの困難さは、門外漢の私にも切実に伝わってきたものでした。
その頃は機関車が生き物だった、とおっしゃってたのが印象に残っています・・・。


<とっても真剣な、黒川さんと前田さん。>


 どんな仕事でも困難が伴わないものはありません。
‘若い駅員さんたち’も、今日はまだ緊張気味ではあります(当然だネ)。何しろ駅長さんの言葉添えがあったにしても、構内のお客さまへ列車のご案内を実際にマイクでするなんて、初体験でもありましょうからネ~~。スゴイ!!
 でも、明日、明後日の三日間の体験学習、二人の生徒さんには、きっといつまで記憶に残る貴重な体験となることと思います。shine
   ガンバレ!!

                                          逆光画像、暗くてスミマセン。山ちゃんズ山口♂happy01でした。

                                                                          [N.13]


ハマのこころ part2

2012年09月09日

有田観光協会 at 15:31  | Comments(0)
こんにちはcloud山ちゃんズの山崎♀ですribbon
今日の有田は、朝からずっと今にも降りそうな雲に覆われています。
こんなお天気なんですが、何人ものお客様がレンタサイクルでお出かけになりました。
お帰りになるまで、雨よ~降らないでくれ~と願うばかりですbearing

ところで、山ちゃんズの山口♂さんhappy01のブログの以前の記事「ハマのこころ」をご覧になりましたか?
有田駅の観光案内所の前に有田の老舗「しん窯・青花」さんのご好意で、
無料で提供頂いているっていうハマのことです。

見えるお客様、お帰りのお客様、ほとんどの方が「これ何ですか?」とお尋ねになります。
「やきものの下にハマを敷いて・・・」とわたしのツタナイ説明では、理解できないお客様が
多かったのではないでしょうかsweat01

そこで


  

お客様が解りやすいようにと、しん窯さんに焼成前と焼成後のハマと製品(そば猪口)を展示して頂いています。
焼くと2割ほど縮むという縮み具合とか、よーく解りますよflair
どうぞそっ~と触ってみてくださいねheart04

同じ陶土で出来ているのに、方やお客様に使ってもらえる製品に、方や捨てられてしまう廃材に、
ホント、はかなく哀れなハマの運命ですsweat02
どうかハマを使ってくださいheart01
コースター、ペーパーウエイト、カップ麺の蓋押さえetc
いろいろ使えますよnote

俳優、榎木孝明さん、有田を描く。

2012年09月08日

有田観光協会 at 12:07  | Comments(0)
 今日の有田はどんより曇った天気で、時折雷鳴さえ轟いています。ウ~ン、ザーッと突然来るのかナ~と思ってましたら遂に降り出しました。そのような荒れる空模様から~、こんにちは、山ちゃんズの山口♂happy01です。


 さてさて、佐賀の方は既にご存知の方も多いかと思いますが、今佐賀市にある佐賀玉屋(デパート)では、俳優の榎木孝明さんの水彩画展が開催されています。
 俳優のみならず、絵画でも才能を発揮なさっている多彩な方だなァと常々思っていましたが、つい先程、駅案内所にて、この展覧会へお出でかけになられました地元の有田の方から、榎木さんが描かれた有田の風景の絵葉書を拝見させて頂きました。その絵がコレです!!。ウ~ン、さすがだ~ァ!!



            [榎木孝明さんにより描かれた有田]

 
 この有田の風景、どこかお分かりになりますか!?~~(笑)。
この絵の原本、お客様が昨日展覧会にお出でになったときにはまだ展示されてあったそうですョ。ご興味、ご関心の方はお問い合わせの上でお出かけになるのもいかがかナ、と思います。

 『榎木孝明 水彩紀行展』は、2012年9月5日(水)~10日(月)まで、作品の展示販売を兼ね、佐賀市の佐賀玉屋で開催されてます。関連情報HPはコチラ
 なお、「ミニトーク&サイン会」は本日8日(土)が最終日。午前中は終了してるんじゃないかと思いますが、午後2時からも予定されています。
 貴重な情報を頂きましたお客様、ありがとうございました。                                 ではでは。

                                                                          [N.12]


- 九州陶磁文化館 Ⅱ -

2012年09月06日

有田観光協会 at 13:46  | Comments(0)
 9月に入り、夜間と朝夕だけは確かに幾分過ごしやすくなって来て、その時刻には虫の鳴き声も聞かれるようになり、かすかに秋の気配を感じられるようになりました。こんにちは、山ちゃんズの山口♂happy01です。

 
 さて、旅の途中の佐賀県立九州陶磁文化館ですが・・(笑)、ここの展示室は5ヶ所に分かれています。
第一展示室は一般の個展等の展示、第二は九州の現代陶芸、第三は九州の古陶磁の展示となっており、それぞれに魅力がありますが、特に【蒲原コレクション】を含んだ陶磁の歴史が分かる第四展示室、及び【柴田夫妻コレクション】を展示の第五展示室は、九陶の中でも目を引く常設の展示コーナーで、特にお薦めしたいように思います。

 その第四展示室の華がコレですョ。


              豪華絢爛な【蒲原コレクション】

 
                   欧州等への輸出経路
 
 何とも華やかな、いわゆる輸出用磁器(17c末 ~18c前半)の花形磁器の展示です(写真画像は良くなくてスミマセンsweat01)欧州を旅された蒲原権氏が私財を投げうちヨーロッパから買戻され、郷土有田へ寄贈されたものの寄託品なんですが、本当に豪華絢爛なものです。
 この辺りの経緯については、共に旅された故蒲地昭三氏の著『有田我が人生』に詳しかったと思いますが、数年以上前に読んだキリなので定かではありませんが、なかなか興味深かったように記憶しています。余談ですが、確かこの本では昔日の有田の一商人の商実録をも窺い知ることが出来て、この2点において有田にとって貴重な書物だと私は感じたものでした。ウ~ン、まだ町の図書館にあったかナ~~!?。


 そして、江戸期の国内使用磁器の素晴らしいコレクションが、こちらの第五展示室の柴田夫妻コレクションです。


          膨大な【柴田夫妻コレクション】の数々。

 平成2年から平成15年の19回にわたり柴田夫妻から寄贈されたもので総数10,311点の壮大なコレクションがこれなんです。現在、国の「登録有形文化財」に指定されています。
 旦那さまは他界なさっておられますが、ご生前に九陶で催された講演会では、寄贈に関わる様々なお話を伺ったのを思い出します。もの静かな語り口の中に凄い情熱をお持ちだったことがよく分かりました。
 九陶のhpにも記載がありますように、年末に九陶ではコレクションの総入替えをなさるようです。一回の展示におよそ1,000点の展示がされてますので、コレクション全てをご覧になるには何と10年を要するわけですネ(笑)。
 そうすると、もし県外や遠方の方には、年末総入替え前に九陶にお見え頂き、有田で年を越して続けて年初に新展示をまたご覧になるとすれば、利便性が少しは増す・・かナ!?(笑)。


 これらの展示室の品々以外でチョット目立つものは、展示室に入る場所辺りにあります、大きな磁器の時計のコレです。


【からくり時計】左奥には佐賀を代表する作家作品が並ぶ。

 これは【からくり時計】と呼ばれていて、九陶の名物なんですョ。時計の下方に遊んでいる磁器で出来た子供たちが何ともユニークで、実はコンピュータで動くしかけなんです。季節によって遊ぶ子供たちや音楽もまた変わり、観るとほのぼのとした気持ちになってきます。
 ただし、このからくり時計がメロディを奏でるのは正時刻と半の30分おき!! 観光でのお客さまで九陶での滞在時間が限られている方は、観落とさないようご注意くださいネ。どこからか懐かしい童謡のメロディーが聞こえて来たら、きっとからくり時計が動いていると思いますョ。


 有田町は1979年(昭54)、マイセン市との姉妹都市提携を結んでいます。それを記念して後年マイセン市から送られたものが次の二つ。【マイセンの鐘】と【白磁冠火喰鳥の噴水】です。九陶中庭と館外にそれぞれありますが、意外に皆さん、お気づきにならないこともあるんじゃないかナ~と思ってます。


                   【マイセンの鐘】


           【白磁冠火喰鳥の噴水】
 

 マイセンの鐘は、一時間毎に鐘のメロディーが奏でられます。全16曲あるそうで、
有田音頭からエリーゼのために、君が代からドイツ国家、あるいは、夕焼け小焼けからトロイメライと、何ともジャンルの幅が広いもんですねェ~~(笑)。
 白磁冠火喰鳥は、18世紀のマイセン窯の名陶工、ケンドラーという作者の作品を原型として作られたものです。カンムリヒクイドリとも記されたりして、実際に幾つかの動物園等でも飼われているようですョ。

                                                                          [N.11]