泉山磁石場へ
さて、徒然(つれづれ)にご案内してます、旅の途中のガイドご案内です。
さてさて、九州陶磁文化館の次はどこへ行きましょう!?・・と逆に投げかけたりしています・・山ちゃんズの山口♂
です。
実は有田の観光に順番は当然ありません。その日の天候や気分、予算によって、あるいはスケジュールの都合等によって様々なルートがありますので、いろんな選択が可能です。
それを踏まえた上で、今回の私のお薦めコースとしては、まず有田焼の源泉の地『泉山磁石場』。そこへ向かうことに致しましょう!!
イズミヤマ ジセキバ と呼び、ジシャクバとは呼んでいません。江戸時代には土場(ドバ)と呼ばれておりました。
そうです、ここは有田焼の原料である石が発掘された場所なんです。
そして、ここから有田焼の歴史、つまり日本の磁器発祥と発展の歴史が始まった、記念碑的遺跡なんです。 昭和55年に国の史跡に指定されました。
実はココを発見したのは日本人ではなく、16世紀末の豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、佐賀鍋島藩が日本へ連れ帰った 朝鮮陶工の李参平(一族)だったと云われています。発見された年が江戸初期の1616年(元和2年)と云われますので、実はあと4年弱で磁石場発見400年の大節目の年を迎えることとなるのです。
そんな長い歴史をもつ『泉山磁石場』。その場所は下図のとおりで、マップで一番右の方、有田の中でも一番東端に位置します。もし九陶からそちらへ向かうとしますと、交通手段はタクシーが一番便利ですが、有田駅からだと他に、レンタサイクル、数は多くはありませんがコミュニティバス、或いは徒歩等で向かって頂くことになります。

[磁器製の有田案内板]
いよいよ磁石場に到着しますと、磁器の案内板があり、そこを見ますと、焼き物の町有田の地理的概観がつかめますョ。そして、それらしき方向へ進みますと、すぐに左手に『陶工之碑』、前方に『李参平発見之磁礦地』なる石碑が目に入って来ます。
それらしき方向とチョットあいまいですが・・(笑)、何しろ有田のパワースポットです、自然に石場の方へ吸い込まれて行きますョ~~磁石場ですので磁石(じしゃく)のように・・・(笑)。
[陶工之碑]
[N.16]
さてさて、九州陶磁文化館の次はどこへ行きましょう!?・・と逆に投げかけたりしています・・山ちゃんズの山口♂

実は有田の観光に順番は当然ありません。その日の天候や気分、予算によって、あるいはスケジュールの都合等によって様々なルートがありますので、いろんな選択が可能です。
それを踏まえた上で、今回の私のお薦めコースとしては、まず有田焼の源泉の地『泉山磁石場』。そこへ向かうことに致しましょう!!
イズミヤマ ジセキバ と呼び、ジシャクバとは呼んでいません。江戸時代には土場(ドバ)と呼ばれておりました。
そうです、ここは有田焼の原料である石が発掘された場所なんです。
そして、ここから有田焼の歴史、つまり日本の磁器発祥と発展の歴史が始まった、記念碑的遺跡なんです。 昭和55年に国の史跡に指定されました。
実はココを発見したのは日本人ではなく、16世紀末の豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、佐賀鍋島藩が日本へ連れ帰った 朝鮮陶工の李参平(一族)だったと云われています。発見された年が江戸初期の1616年(元和2年)と云われますので、実はあと4年弱で磁石場発見400年の大節目の年を迎えることとなるのです。
そんな長い歴史をもつ『泉山磁石場』。その場所は下図のとおりで、マップで一番右の方、有田の中でも一番東端に位置します。もし九陶からそちらへ向かうとしますと、交通手段はタクシーが一番便利ですが、有田駅からだと他に、レンタサイクル、数は多くはありませんがコミュニティバス、或いは徒歩等で向かって頂くことになります。


[磁器製の有田案内板]
いよいよ磁石場に到着しますと、磁器の案内板があり、そこを見ますと、焼き物の町有田の地理的概観がつかめますョ。そして、それらしき方向へ進みますと、すぐに左手に『陶工之碑』、前方に『李参平発見之磁礦地』なる石碑が目に入って来ます。
それらしき方向とチョットあいまいですが・・(笑)、何しろ有田のパワースポットです、自然に石場の方へ吸い込まれて行きますョ~~磁石場ですので磁石(じしゃく)のように・・・(笑)。

[陶工之碑]
[N.16]