昨年の暮れでしたか、TVで 『海を渡った柿右衛門』 という番組が放送されました。
それを見ていて、私は思わず、「あっ、権兵衛さんの皿」と心の中で叫んだことがありました。
実はこの番組は、かつて17世紀から18世紀にかけて有田からヨーロッパに輸出されて、当地に残る素晴らしい柿右衛門の焼物を、当代15代の酒井田柿右衛門さんが巡る番組というものでした。ご周知のとおり、柿右衛門の名称は歴代柿右衛門さんも指しますが、作られた作品自体も指します。番組の中でも出てきますが、まさに柿右衛門は 「kakiemon」 としてインターナショナルの作品でした。おそらくヨーロッパを魅了した日本初の世界的ブランドといえるかと思います。イギリスからドイツのドレスデン、マイセン、そしてオランダへと旅は続きますが、何といってもそれぞれの美術館や個人のもとに残る当時の柿右衛門の数々は、さすがに有名な王侯貴族たちが羨望の目で蒐集したものだけに、当代柿右衛門さんも 「こんなのは観たことがない」 と驚かれている様子でした。番組も終盤、オランダのあるお城に来た時、赤絵の柿右衛門はもちろんですが、日常で使われていた藍色の染付の柿右衛門がセットでたくさん並べてある映像をフト目にしたとき、私は思わずくだんの言葉をつぶやいたのでした。
二十年位前に染付のその皿を一枚求めていましたが、その絵柄を見るたびに次のような情景が私には見えてくるのです。
杖をついて散歩しているご隠居さんが、盛んに魚の網を手繰り寄せている漁師の権兵衛さんに声をかけます。
「権兵衛さん、今日の収穫はどうだい?」
「あ、ご隠居さん、今日は大漁ですぜ、おかげさんで。」
「そうかい、それはよかった、よかった!」
まァ、ただそれだけの会話です。が、絵柄を見るといつもその会話が聞こえて来るという、たわいもない話なんですが・・。
(ちなみに権兵衛は、名無しの~~から、かってに付けてたものです。)
ちょっと驚いたことが二点あります。一つは、やはりこの情景のお皿は柿右衛門の輸出にも関係しているらしいこと。一般に「藍柿」と呼ばれる元禄期前後の特徴をもつ、藍色の染付の柿右衛門のお皿の名称はどうやら正しいように推測されることです。もう一点は、私が昔求めていたお皿には背景に島模様が描かれていますが、輸出されたお皿の画像には島模様はなく大胆に薄ダミが塗られ飛ぶ鳥を描いていて、正面の権兵衛さんとご隠居さんもより強調されているように感じられることです。何となく海外を意識した描写じゃないかと思いました。
それにしても、当時はこれらのお皿を大量にセットで輸出し、貴重ではあるにしろ普段に食卓で使われていたことを思いますと、300年以上前、いかに大きな物の動きが有田とヨーロッパの間で行われていたか、つくづく偲ばれます。
このお皿のデザインを参考にして描かれたのではないかと思われる橋の陶板が、九州陶磁文化館近くの「新田の平橋」に見ることが出来ます。また、ちなみに橋の陶板でいえば、柿右衛門の陶板は同じく九陶の西方面、「戸杓橋」で見ることが出来ます。
(山)