
[延宝期に至る前の、寛文期頃か]
1670年代の延宝時代になって有田焼は完成すると云われる。技術、そして焼物自体が最上点に達したということで、目標とした景徳鎮の域、そしてプラス日本的余白を活かした表現の美とでもいう段階に達したとも云えるのだろうか。
より白い生地に美しい呉須や色絵で装飾した美を有したものが残されているようだ。確かに、この時期の焼物には、日本的な美ともいうべき美しさを感じるものがある。九陶では、以前、”江戸期を通して最も優美なやきもの“が焼かれていたと形容されていたが、充分納得がいくように思われる。別名『盛期伊万里』と呼ばれたりもしていたようだ。
[延宝期頃]
(山)